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血と乳、iphoneと暇

人生死ぬまで暇潰し

 

本日も暇潰し(仕事)に勤しんでいたわけですが、午前中に下腹部に違和感を覚えてトイレへ駆け込んだ。私は着床出血がどういうものなのか、また消退出血も同じく知らないのだが、多分後者であろうというような出血を確認した。希望的観測を込めて。

消退出血が起こったということはどうやらアフターピルによる避妊が成功したらしい。

しかし不安がどうしても拭えないので出血が終わったころに市販の妊娠検査薬で確認してみることにした。今年が始まってまだ三ヶ月なのにもう五回目の生理ということになる。先月はただ単に生理不順で二回きた、ということである。今月もすでに終わっていたのだが、致し方ない事情により致し方なく致したわけである。ひとまず安心、といったところだろうか。

今日も暇潰し(仕事)中に浮かんでは消えていったことを記していくことにする。

◇洗濯物を干している時

まず私は太いわけで、それゆえに小学生の時から胸部の発達も著しかったわけで、それを心配した母親が私にいくつかの呪いをかけてしまった。

「おっぱいの大きい子は馬鹿に見える」

「おっぱいの大きい子は胸元まであるネックレスは似合わない」

「おっぱいの大きい子は首の詰まった服は似合わない」……

母としてそこに虫けら共の視線が行かないようにと私にかけた言葉だったというのはわかるのだがこれは完全な呪いになってしまった。

今年までタートルネックが着られなかったのもそのせいだろう。長いネックレスは未だに持っていない。

このように誰かに言われた一言に長年捕らわれてしまうことを私は呪いと呼んでいたのだが昨年の逃げ恥で石田ゆり子が素晴らしいセリフとともにこの言葉を広めてくれた。(私が先に使ってたんだから、という気持ちも無くはない)

 

あ、だめだ。いろいろメモしていたが夜中を回っていることと私のiphoneのミュージックがitunesと接続すると勝手にいらん曲まで同期してしまうことに右往左往して30分も労力を使ってしまったためやる気がなくなってきている。しかも寒い。

今日は暇潰しにたくさん書く予定であったが全てはitunesの使い勝手が悪いことが元凶である。あるアーティストの曲を聞きながらだと筆が進むのでそうしようと思っていたができなかったのでyoutubeで聞きながら書いている。やっぱり機種変更しようかしら……

 

今日は明日(今日)の予定を書き込んでから終了しようと思う。

明日は起きてすぐに車検に持っていって銀行で車検にかかるお金を引き落としに行く。そのあと宜野湾まで行きいとこのお姉さんの資格取得の手伝いをしに行くことになっている。

私は公共機関に行くのが本当に苦手なので銀行で定期から降ろすことを考えると今から憂鬱である。きっと今夜の夢は引き出すお金がありませんと銀行員に気まずい顔で告げられる、みたいな恐怖に満ちた夢だと思う。

あとの時間は適当に暇をつぶすことにする。

機能落とした将棋アプリ(一度もやったことない)や

なんとなく始めようと思って買った手話の教法(一度も開かず二ヶ月)とか

適当に落書したりするだろう。

もしくは録画してあった昨夜のBSプレミアムの超常現象ファイル的なのを見るかもしれない。

もうねむい。ねる。

 

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うまい大盛!でかまるバリシャキ!もやし味噌ラーメン

沖縄県のとある地域に住みとある仕事の雑用係として雇われている私ですが、鼻に昼食のラーメンのネギが詰まっています。f:id:umeumeume0703:20170325123050j:image

メモしていたことを淡々と書いていこうと思う。

まず昨日の高校野球、やはり明徳義塾の応援、トランペットが優れている。去年の方がカッコ良かったが今年もまた素晴らしかった。ぜひお顔を拝見したかったが映らなかったしそこまで注視していなかったので残念だ。いやアニメ声優も顔は見ない方がいいと思ってる派なのでこのほうがよかったのかもしれない。

あとはお店の前を通り過ぎていった車にシートベルトをしたブルドッグが乗ってたことや50代の男と80になるジジイに色目を使われたこともあるがそれはもうどうでもいい。体型がいいねだの色気があるねだの、周囲に聞かれないような小声で名前を尋ねられたり結婚してる?だの言われたりすることは本当にどうでもいいことだ。さらには肩を揉んでいる時にここが凝るんだよと言いながら左手をがっつり触られ離せなくなったことなんかどうでもいいのだよ。ささくれヒジまで剥いたろか、その少なくなったおぐしに着火したろか、と思ったことなんか本当にどうだっていい。

ただ昨日の暇つぶしも今日の暇つぶしも仕事で終わってしまいそうなことがやっぱり納得がいかないのだ。学校が春休みに入った妹は昨夜23:45に車にエンジンをかけてどこかへ行ってしまって、その音を聞きながら休みと若さと暇つぶしが本当に羨ましいなと思ったのだ。あ、昨日の夜中地震あったね、びっくりした。

これからつぶす暇のことを考えては暇つぶしが無くなったら死んでしまおうかと思った11:50だった。

 

今日は仕事が終わったらゲオとマンガ倉庫に行って中古のiPadの値段でも見てこよう。

スマホでぽちぽち書くのは面倒だ。

それではまた仕事という暇つぶしに戻って行く。

 

暇潰死

25歳の3月23日、生きている意味がわからなくなった。

つい3日前にノルレボというアフターピルを飲んだことが関係しているかは分からない。ただ仕事中に、前日使用したパーマのロットを規則正しく並べている時にその感情は起こった。

私は大学を心身の理由により中退してから5度、1年程度で仕事を変えてきて、履歴書に連なる自身の打たれ弱さに焦りを覚えていた。また好きな人と付き合っている人が違うという現状に加えて、3日前避妊に失敗して次の生理まで精神的にギリギリの状態である。

自分の至らなさを攻める自分がとうとう自分を殺したと思ったのだが、帰宅途中に2、3滴涙を排出してTwitterをちらりと見ただけで心は水を打ったように静かになった。

死ぬかと思った。

何が関係しているかは分からないがこんなことは勘弁してほしいと思った。

おかげで彼氏に人間関係でやってはいけない鬱々としたことを打ち明けてしまった。

他人というのは当たり前だが自分の辛さを理解できないのだということをまた体験する羽目になった。

 

仕事中の私は生きていく理由がないことに愕然としながらトイレの清掃を行った。

何かを始めなければ。そう思ってアクティブな趣味を考えてみるがマリンスポーツは溺れて死ぬし母がやるエクササイズ的なやつはお金がかかるし興味がない。そして行き着いたのがブログである。私は死にたくなるたびにブログを始める癖があった。ものを書くのは好きだが完結や継続という言葉を実行した覚えがない。だからいつ終わるとも知れない。

しかし清掃中に思いついた、「人生で何かを成し遂げる、という考えから、人生死ぬまで暇つぶしという路線に切り替えよう」という我ながら素晴らしいシフトチェンジでこうするに至った。

明日にはこのブログの存在すら忘れているかもしれないし、そもそも誰にも公開していないが、気持ちを紛らわすために筆ならぬアプリを取ることにした。今日はこの辺で閉じよう。

生きる理由はいらないが、暇をつぶすことで生きながらえるならその方がマシだ。

死ぬのはきっと痛かったり苦しいので、生きながらえるための暇つぶしをここから始めることにする。

明日から暇つぶしで生きていく、死ぬまでの暇を潰してやる。

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