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暇潰死

25歳の3月23日、生きている意味がわからなくなった。

つい3日前にノルレボというアフターピルを飲んだことが関係しているかは分からない。ただ仕事中に、前日使用したパーマのロットを規則正しく並べている時にその感情は起こった。

私は大学を心身の理由により中退してから5度、1年程度で仕事を変えてきて、履歴書に連なる自身の打たれ弱さに焦りを覚えていた。また好きな人と付き合っている人が違うという現状に加えて、3日前避妊に失敗して次の生理まで精神的にギリギリの状態である。

自分の至らなさを攻める自分がとうとう自分を殺したと思ったのだが、帰宅途中に2、3滴涙を排出してTwitterをちらりと見ただけで心は水を打ったように静かになった。

死ぬかと思った。

何が関係しているかは分からないがこんなことは勘弁してほしいと思った。

おかげで彼氏に人間関係でやってはいけない鬱々としたことを打ち明けてしまった。

他人というのは当たり前だが自分の辛さを理解できないのだということをまた体験する羽目になった。

 

仕事中の私は生きていく理由がないことに愕然としながらトイレの清掃を行った。

何かを始めなければ。そう思ってアクティブな趣味を考えてみるがマリンスポーツは溺れて死ぬし母がやるエクササイズ的なやつはお金がかかるし興味がない。そして行き着いたのがブログである。私は死にたくなるたびにブログを始める癖があった。ものを書くのは好きだが完結や継続という言葉を実行した覚えがない。だからいつ終わるとも知れない。

しかし清掃中に思いついた、「人生で何かを成し遂げる、という考えから、人生死ぬまで暇つぶしという路線に切り替えよう」という我ながら素晴らしいシフトチェンジでこうするに至った。

明日にはこのブログの存在すら忘れているかもしれないし、そもそも誰にも公開していないが、気持ちを紛らわすために筆ならぬアプリを取ることにした。今日はこの辺で閉じよう。

生きる理由はいらないが、暇をつぶすことで生きながらえるならその方がマシだ。

死ぬのはきっと痛かったり苦しいので、生きながらえるための暇つぶしをここから始めることにする。

明日から暇つぶしで生きていく、死ぬまでの暇を潰してやる。

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